三つの県(ノルマンディ、ブルターニュ、メイン)の境界に位置するセント・ジェイムス市はギヨーム征服王の要塞として築かれました。
セント・ジェイムス市はスペインの聖地サン・ティアゴ・デ・コンポステーラ(サン・ジャック ド コンポステル)に向かう巡礼路にも位置しています。
セント・ジェームス社の事業は、中世にさかのぼるこの地方の織工、ラシャ販売の長い歴史をそのまま受け継いでいるのです。
セント・ジェームス市は何世紀にも渡って、ノー・コタンタンやモン サン・ミッシェルで飼われていた羊の毛を加工し、この道の権威筋として栄えました。
また近代のこの地が歴史に残るものとしては、ヨーロッパ開放に命をささげた4410人のアメリカ兵の墓地があります。またそこから数キロメートルはなれた、モンジョワ サン・マルタンには、パリ開放を指揮したルクレール元帥に従い、敢え無く死んでいった8人の北アフリカ兵の墓もあります。
セント・ジェームス市には現在3000余りの住民で構成される郡の庁があります。この地方は地元の産業発達の恩恵を受けて、フランスで失業率がもっとも低いところです。
市と同じ名を持つセント・ジェイムス社は世界中にその名を高めることに貢献しています。
地理的に、セント・ジェームス市は北ヨーロッパと南ヨーロッパをつなぐ、河口高速道路(A84)上のカンとレンヌの間にあり景勝優美の地モン サン・ミッシェルからは15kmです。
詳細情報:
セント・ジェームス市のサイト:
www.cdc-saintjames.org